平均化訓練

平均化体操指導を見れば、あるいは体験すれば、力を入れて姿勢が変化した後、体の緊張が全身に分散されたポーズを自然に保っていることがわかるだろう。

武術であれば、倒されたり、投げられたりした後に、相手がそのまま固まっていることはないだろうし、関節を極められて固まることはあっても、手を離した後に、その形が続いていることはない。

平均化体操指導では、その形が自然にキープされている。
もちろん本人が緊張を抜こうと思えば抜けるのだが、その状態で一瞬、固まったように感じるのだ。

それはなぜかというと、その状態が、体の無意識的な要求(体の偏りや歪みを調整したいという、体の奥にある自然な要求)にマッチしているというか、体の感覚として、その状態を自然に保ちたくなるのである。

人間は頭だけで生きているわけではない。
心臓が動くのも、呼吸するのも、寝相で体の調整しているのも、頭で考えてやっていることではない、無意識的な運動だ。
大脳的な、意識的な要求だけでなく、体にも要求があるということだ。

ともかく全身がくまなく緊まっている平均化状態には、きつさも多少ありながら、その奥には体としての快感があるのだ。

そしてそうなっている間が、平均化体操なのである。
そのままゆっくり動ければ、さらに全身が連動する感覚や使われていない筋肉が学習できる。
だから、しばらくそういう状態を保ってから、徐々に力を抜いていく。

始めたばかりのうちは、少しきつく感じる度合いが強いが、平均化訓練が進むほど、それが保ちやすく、動かしたりすることができるようになり、平均化体操独特の気持ちよさを感じられる。

相手をそういう状態に持っていくために行うこの体操指導は、体の偏った緊張が、使われていない筋肉に流れるように、相手を「崩している」=「姿勢を変えていく」わけである。

だから、こちらの意図で相手を操れるわけではないのだ。
というより、相手の姿勢がどのように変わるのか、力を受け止めてみるまでは、私にもわからないのである。
動画を見てもらえばわかると思うが、誰一人として同じ方向に崩れてはいない。

相手の力を受け止めた結果、自然にある方向に姿勢が動く。
私が動かすのではなく、接点に起こる自然な反応として、その方向性が出てくるのだ。

だから平均化状態のポーズは、人それぞれで、同じ形が一つもないのである。

武術のように、相手を投げる、倒すことが目的ではないので、姿勢が崩れて行くプロセスとルートが重要であり、最終的に相手を「平均化状態の姿勢」に導くことが、平均化体操指導の目的なのである。

それがうまく行った時、相手は、なんとなく、その姿勢を自然に保つような感じになるのだ。

そして平均化体操指導の場合、それはうまく行くようにできている。
なぜならそれは、「平均化状態の連鎖」という仕組みを用いているからなのである。

スタート当初の講座風景。
1人1人の動きに合わせて、それぞれの平均化の形に導いているのがおわかりいただけると思う。

 

つづく